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第183回 深川の成立ちと芭蕉の足跡を訪ね、深川不動堂で初詣

 

日時 :2019年1月15日(火)

集合 :森下駅(都営大江戸線、都営新宿線)

案内人  :高瀬(39年経)(080-1063-9559)

サポーター:支倉(48年法)・宇野(53商) 

参加人員 :32名

天候 :曇りのち雨

 

墨田川の東岸に位置し江戸の新開地として開発された深川は、地域的には江戸の範囲でありながら

深川独自の情緒風俗文化を生み出し「粋」はこの町の美意識、誇りであった。

 

また萬年橋から望む江戸湾や富士山、洲崎の初日の出や潮干狩り等風光明媚な「景勝行楽の地」、

八幡神や不動明王等永代寺の「門前町信仰の地」、また辰巳芸者に代表される「遊興岡場所」、

相撲歌舞伎等々庶民生活の全てがあった。

 

さらに俳聖松尾芭蕉が草庵を結び多くの門人達と文学活動を展開、

奥の細道へと旅立った地としても有名。

 

産業的には「水の町」として西に墨田川、東に中川、南に江戸湾、

更に木場や江戸の物流を支える倉庫街に続く大小の川や掘割、そこを行きかう船や橋の往来、

水運大動脈の土地であり、江戸時代を語るには欠かせない地域である。

 

*コース

(スタート)森下町→→①深川神明宮→→②芭蕉記念館→→③芭蕉稲荷神社……萬年橋……横綱通り

→→④霊巌寺(松平定信墓、江戸六地蔵)……紀伊国屋文左衛門記念碑→→⑤採茶庵跡

→→⑥法乗院(深川閻魔堂)……辰巳新道……【昼食】……石造り燈明台

→→⑦深川不動堂・本堂内仏殿……【初詣】……永代寺……⑧富岡八幡宮(伊能忠敬像、横綱・大関碑)

→→⑨八幡橋 (ゴール)

 

今年最初の歩こう会は曇り雨予報の中、前半松尾芭蕉の草庵跡や活動拠点を訪ね

江戸庶民文化の情緒を味わい、後半は江戸庶民信仰の砦であった旧永代寺門前町を歩いて

深川不動堂で初詣をするという5km弱の計画でスタートした。

 

地下鉄森下駅のすぐ横の「カトレア」は明治10年創業のカレーパン発祥の店として有名で、

遠方から電車で買いに来る人も多い。今回も昼食時でないのが残念との声が多かった。

 

墨田川に向い200m程歩くと深川発祥の地として信仰を集める①深川神明宮がある。

450年前、江戸幕府開府前の住む人も無く葦の繁茂していた湿地三角州を開墾した

摂津(現大阪)の深川八郎右衛門が伊勢神宮の分霊を祀ったと伝わる。

 

その後徳川家康より姓を地名とするよう命じられ深川の地名が誕生したが、

深川村の住民達はとその住民は先住開墾地域として強烈な誇りを持ち続け、

それが独自の文化を育む要因にもなった。

 

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隅田川沿いにある②芭蕉記念館や史跡展望公園は休館で残念であったが、

芭蕉記念館前のバナナに似た「芭蕉の木」が珍しく、俳号「芭蕉」は本種にちなむとの事。

 

松尾芭蕉の活動拠点であった芭蕉庵跡と云われる③芭蕉稲荷神社がすぐ近くの境内にあり、

古びた祠や古池の跡等々もあり松尾芭蕉俳諧活動の所縁に想いを巡らせる事ができる。

 

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墨田川に合流する小名木川は江戸時代に運河として設けられ、近郊農村で採れた

農産物、米、塩等を運ぶ江戸経済を支える海上物流の大動脈で川船番所も設けられていた。

 

「萬年橋」は小名木川に架かる橋で船の運航を妨げないよう高く虹型に架けられ、

その優美な姿は葛飾北斎の富嶽三十六景や歌川広重の名所江戸百景で観ることができる。

 

萬年橋を渡り通称横綱通り(一代年寄として遇された横綱大鵬、北の湖が部屋を構えた為)を歩く。

旧大鵬道場(現大嶽部屋)や錣山、尾車、立田川が現在も部屋を構えており、

勧進相撲以来大相撲を支えてきた深川の面目情緒が覗える。

 

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④霊巌寺では寛政改革の松平定信墓と江戸六地蔵の一つ「銅造地蔵菩薩坐像」を観る。

すぐ隣の深川江戸資料館では天保年間頃の深川佐賀町の街並みを再現されており

江戸庶民の暮らしぶりが判るが、今回は地元横綱大鵬の記念品展示を見学。

 

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資料館前には深川めしの老舗「深川宿本店」があり、更に先には紀伊国屋文左衛門墓の成等院があるが、

朽ちかけたような小さな墓は大きな顕彰碑に隠れて見えない。

 

門前仲町に向かい仙台堀川を渡る海辺橋脇には⑤採茶庵(さいとあん)跡がある。

芭蕉が奥の細道に旅立つ直前、一時的に住んでいた場所で旅姿芭蕉像が縁側に腰を掛けている。

 

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⑥法乗院(深川閻魔堂)は江戸時代から「えんまさん」と親しまれ

日本最大の閻魔大王坐像や本堂一階の全16枚の地獄・極楽図は必見である。

お堂の入口で賽銭を納めると願い事に合わせて閻魔様のありがたい説法を

聞くことができるシステムが面白い。

 

深川公園に向かう途中には「辰巳新道」と呼ばれる路地がある。

戦後電車通りで屋台を出していた人達が集まり始めた飲食店街で現在も懐かしい昭和情緒が漂う横丁だ。

50m程の路地に29軒の飲食店が軒を連ね老若男女が楽しめる人気スポットである。

 

深川公園で昼食休憩後、深川不動堂に隣接する日清戦争勝利記念の石造り燈明台を見る。

外壁に359枚の石板が張られており九代目市川團十郎や初代市川左団次など

明治初期の 歌舞伎界を担った名優やご奉納された人達の名前が刻されている。

 

⑦深川不動堂にて初詣。…歩こう会メンバーの健康と会の安定継続を祈念…。

深川不動堂は成田山新勝寺の東京別院で、元禄16年(1703年)江戸庶民の信仰を集めていた

成田山の本尊不動明王の出開帳を富岡八幡宮の別当寺である永代寺境内で行ったのが始まりである。

 

明治11年(1878年)現在場所に成田不動尊の分霊を祀り、東京府から正式に深川不動堂と認められ

明治14年(1881年)には分霊を祀るお堂が建てられた。

堂裏手の内仏殿4階天井一面に描かれた中島千春画伯の大日如来蓮池図が拝観できる。

 

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永代寺は明治維新後神仏分離法により廃寺となったが、

門前の塔頭吉祥寺が明治29年再興され名跡を継いだ。

因みに地名「門前仲町」は「永代寺の門前町」という意味である。

 

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⑧富岡八幡宮は寛永4年(1627年)に創建された神社で、

八幡大神を崇敬した徳川将軍家からの保護を受け、

庶民にも「深川の八幡さん」として親しまれた。

 

江戸勧進相撲発祥の神社で境内には横綱力士碑や大相撲ゆかりの石碑が多くあり、

現在も新横綱誕生の折には境内で奉納土俵入り等の式典が行われる。

深川八幡祭りと豪華な神輿も有名。

 

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⑨八幡橋は鉄を主材料として造られた鉄橋として日本最古として重要文化財になっている。

 

この頃から雨が降り出した為、急いで八幡宮境内に戻り次回案内後散会した。 

 

以上

                                                                                                                   (高瀬 記)

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