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第190回 大宮盆栽村、大宮公園、氷川神社、氷川参道の散策

第190回 大宮盆栽村、大宮公園、氷川神社、氷川参道の散策

日 時: 2019年9月24日(土)
集 合: 東武野田線(アーバンパークライン)大宮公園駅改札
天 候: 晴れ
参加人数:27名
案内人:高橋 祐介(S43工)
サポーター:駒田(S43工)、成瀬(S43商)、吉川(S43 工)
距離:約6km
(コース)大宮公園駅 → さいたま市立漫画会館 → 盆栽四季の家 → 大宮盆栽美術館
→ (昼食:藍屋、小山屋)→ 大宮公園小動物園 → 青木昆陽の碑 → 武蔵一宮 氷川神社
→ 戦艦武蔵の碑 → 氷川参道 → さいたま市立博物館→ JR大宮駅

今回は、都心から比較的に遠隔地のため、
特に神奈川方面の会員より、不参加の連絡を受けており、
参加人数が、団体料金が適用される20名に達するか懸念されていた。
蓋をあけてみると、集合地の大宮公園駅前には、酷暑を乗り越えた会員が続々と集合し、
約二ヶ月ぶりの再会に談笑の輪がいくつもでき、定刻の10時すぎには、27名を数えた。

定例の駒田会長による点呼ののちに、案内人より、
①さいたま市が管理している、「漫画会館」、
「小動物園」、「市立博物館」は、月曜日が定休日であり、
その月曜日が祝日の場合(今回、前日が秋分の日で祝日)、
翌日の火曜日(本日)が代休日となり、観覧ができないこと、
②今回の散策コースは、坂道や階段のない平坦な道を選び、車道を極力避けたこと、
を説明してスタートした。

盆栽四季の家
18世紀に建てられた当時の氷川神社の宮司の居宅の一部を昭和59年に移築復元したもので、
盆栽村(註1)の一角に、自由にくつろげる憩いの場として、休憩できる土間があり、
気温が上昇し、汗ばんできたので、熱中症予防のために、各自思い思いに水分補給等を行った。
(註1)東京の盆栽業者が1923年の関東大震災をきっかけに、
盆栽育成に適した土壌を求めて大宮に移住し、1925年に大宮盆栽村が生まれた。

大宮盆栽美術館
展示室と盆栽庭園とから成り、展示室には、盆栽に関する基礎的な説明や、
手入れの仕方などの解説パネルが有り、盆栽庭園には、約60点の盆栽の展示があり、
推定樹齢が記載されている。
ちなみに当日の最高樹齢は800年(案内人が下見時には1000年が有り)だったが、
誰もその推定手法を知らない。
又、台風などの強風時にも屋外に展示したままで、
もし、その際に枝が折れて枯れたりしても、それはそれが寿命との事。

青木昆陽の碑
大宮公園のなかにある記念碑の1つで、農業協同組合が昆陽の業績を讃えて建立した。
江戸時代に、新河岸川を使って、川越から運ばれたさつまいもの焼き芋が、
「栗より甘い」と一大ブームとなった。
当時川越の近傍の三芳町や、所沢の森林の落ち葉が栄養分豊かで、
さつまいもが特産物となった。

武蔵一宮 氷川神社
氷川神社は、埼玉県、東京都、神奈川県に280数社あるが、本神社は、聖武天皇の時代に、
武藏の国一の宮に定められており、格式が高い。各自、参拝ののちに、集合写真を撮った。

戦艦武蔵の碑
当時の日本帝国海軍が建造した最後の軍艦であり、艦内に氷川神社が分祀された。
昭和19年フィリピンレイテ沖にて、米海軍の航空攻撃を受けて沈没した。
乗員2368名の内、1039名戦死し、最終的に帰国出来たのは、430余名(約18%)との事。
各自戦争の悲惨さを再認識させられた。

氷川参道
ケヤキの樹木により覆われており、4~5人が並列しても歩ける幅を有し、
両脇に腰を下ろせるベンチがあり、快適に散歩できた。
但し、暑さの影響もあり、先頭と後続との差が大きくなりすぎたので、
途中で先頭を停止し、後続が追いつくのを待ったりして、
全員無事にJR大宮駅に到着し、散会した。

(高橋 記)

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